伊能忠敬になれなかった父のこと
伊能忠敬。
歴史を学んだら必ず出てくる人物だ。
彼が日本地図を作りたい、と測量の旅に出たのは55歳の時だったそう。
晩年に成し遂げた人、というイメージはあったけれど、「55歳」という年齢にハッとした。
55歳からでも新しいチャレンジはできるんだと、励まされる人は多いのではないかと思う。
伊能忠敬が最後の旅を終えたのは71歳だったらしい。
アラフィフの私にも、まだまだ出来ることはある、と勇気づけられる。
ただ、同時に頭に浮かんだのが父のことだ。
私の父は54歳で他界している。肝臓のガンだった。
ガンが見つかって半年後、本当にあっという間に亡くなってしまった。
55歳の誕生日を迎える2週間前のことだった。
父にも、やりたいことはあっただろう。
日本画を学びたい、と言っているのを聞いたことがあった。
けれど、伊能忠敬が夢を追いかけ始めた55歳にはなれなかった。
だから私は長い間、父は無念だったのではないか、と思っていた。
でも最近、それは少し違うのかもしれないと思うようになった。
そもそも悔いのない人生って何だろう?
満員電車に揺られて会社へ行き、仕事をし、帰宅後のビールが楽しみで、家族で食べる夕食の時間を何より大切にしていた父。
時々、会社帰りに駅前のサーティワンでアイスクリームを買ってきてくれた。
妹と一緒に、ワクワクしながら箱を開けるのはとても楽しかった。
我が家のダイニングにはテレビが無かったので、夕食はいつも会話の時間。
大きな目をしていた父は、いつもしっかりと私の目を見て話してくれた。
スイミングで級がとれたときはすごく褒めてくれた。
部活をやめたときは理由を聞かないでいてくれた。
就職活動が上手くいかず悩んでいた時は、私の長所をたくさん言ってくれた。
父と一緒に過ごした時間は確実に私の中に残っていて、今でも時々宝物のように取り出して、思い出すことがある。
そして、父にとっても私達と過ごした時間が同じように、宝物のように存在していたのだとしたら。
何か夢を追いかけたとか、何かを成し遂げたとか、そういうことは無くても、
小さな日々のかけらの積み重ねで人生は作られていて、
あとで取り出したい宝物のような思い出をひとつでも、自分や誰かの中に残すことができれば、
それだけでいいのかもしれないな、と思う。
自分が何歳で人生を終えるのかはわからない。
でも、何歳だとしても意外とあっさりと悔いなく終われそうな気もするのだ。
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朝から泣かすなー!(笑)🥹